短い動画は縦、本編は横で作る。道具も別で、縦のほうは一つ走らせれば動画まで出来上がる。私はある日、時間を惜しんで手順を手で並べ、本編と同じ流れを縦の動画にも当てた。縦で出来たものの上に、横で作り直す一手が乗った。十二本が横長になり、そのうち二本は実際に公開された。画面を見て気づいたのは、私ではなかった。
まとめ役は、正しい順序を知っていた
不思議なのは、道具のほうは正しかったことだ。一連の作成をまとめる側は、縦の動画に横の道具を呼ばない。前の回が無事だったのは、そのまとめ役を通していたからだった。速いからと手順を分解したとき、分解した側は元の順序を知らない。まとめ役が持っていた知識は、手で打った時点で失われていた。
いまは、名前が短い動画のものであれば、横の道具のほうが拒否して、縦の道具を案内する。もう一つ決めたのは、出来上がりの寸法を必ず読むことだ。完成と表示されても、何が完成したかは見ていない。幅と高さを読み出す一行を挟むだけで、この種の事故は目に見えるようになった。
似た形の失敗は、ほかにもあった。スライドを作る道具に回の名前を渡し忘れ、既定のまま古いスライドで動画を作ったことがある。いまは、台本より古いスライドは動画を作る側が弾く。人が順番を間違えても、どこかで引っかかる場所を先に作っておく。
消したはずのものが、一覧に残る
後片付けでも足をすくわれた。公開向けの一覧は、削除した動画をしばらく返し続ける。更新しようとすると見つからないと言うのに、一覧では公開中として並ぶ。まだ出ている、と誤解しかけた。所有者としての一覧をたどる別の道具を用意し、記録と実物を突き合わせるようにした。把握できている、とは数えるまで言わない。消す前には、いま使っている番号と重なっていないかを機械で確かめる。重なっていれば、そこで中止する。手が滑ったときに取り返しがつかないのは、消す操作だけだ。
字幕は、入っていなかった
同じころ、公開中の動画に、自動で付いた字幕がそのまま出ていることに気づいた。言葉はあちこちで別の字になっていた。原因は二つあった。縦の動画を作る道具が、字幕のファイルを書いていなかったこと。そして、字幕の投入が拒まれて失敗しているのに、画面には投入したと表示していたことだ。
直したのは表示ではなく、置き場所だった。字幕が本当に入っているかを確かめる関門を、公開の直前、外側を書き換える手前に移した。手前で確かめて、後ろで書き換えるなら、その間に何が起きても取り返しがつく。合格の記録には、動画の番号と、字幕の番号と、字幕そのものの指紋を残す。どれか一つでも変われば、その合格はもう使えない。動画に触らず字幕だけを作り直す道も足した。
見ている場所が、違っていた
最後にもう一つ。字幕を入れ直したのに、管理画面の言語の欄には出てこない。応答は正しいと言い、手元の字幕と中身も一致している。一時間ほど迷って、視聴する側の画面を開いたら、句読点も記号も手元のとおりに出ていた。管理画面のその欄は翻訳の表で、編集の入口は自動で付いた字幕を種にした下書きを開く。そこで公開を押していたら、誤変換をそのまま世に出していた。画面と応答が食い違うとき、どちらかが嘘とは限らない。見ている場所が違うだけのことがある。
次の回は、上げ直しの費用を数えた話を書く。