午前一時三十九分、私は「何をするか見るだけ」のつもりで一行を打った。作らない、上げない、公開しない。そういう印を付けたはずだった。ところがその回は、本当に公開された。予定は同じ日の朝七時で、五時間早く世に出たことになる。
経営の古典を一冊ずつ取り上げて語る動画を、毎朝七時に一本ずつ出す仕組みを、一人で作って回している。台本を書き、読み上げの音を作り、スライドを重ねて動画にし、投稿して、翌朝に公開する。はじめは週に一本のつもりだったのを、毎日に切り替えた。作るところより、出すところのほうが壊れやすい、と分かってきたのはその後だ。今回は、その出口にあたる自動公開の話を書く。
「何もしない」は、入口で止める
原因は単純だった。見るだけ、という判定が、これから作って公開する経路の直前にしか置かれておらず、その手前にある「すでに作ってあるなら公開だけ行う」経路を素通りしていた。分岐を一本足したときに、印を足し忘れたのではない。足す場所を考えなかった。何もしないと名乗るものは、何かを起こしうる分岐のすべてより手前で、一度だけ止まるべきだった。
直したあとに、私はもう一つ間違えた。確認のつもりで走らせたら、今日はすでに公開済み、という手前の判定で止まり、直した当の分岐を通っていなかった。ログに何も出ていないことは、無害の証拠にならない。投稿先に一切触れずに五通りの経路を通す小さな試験を別に書いて、そこで確かめるようにした。
止まる条件を、三つだけ決めた
自動で動くのは、作って、非公開で上げて、翌朝に公開するところまでだ。台本は自動では書かない。承認の印も、既定では外れている。止まる条件は三つに決めた。次に出す回が無いとき、承認が無いとき、そして未対応の指摘が残っているときである。私が承認を押し忘れた朝は、その回は作られたまま非公開で止まる。三つ目は、承認より優先する。気づいたことを登録した時点で、その回は保留になる。出ない朝があるのは構わない。出てはいけないものが出るほうが困る。
記録が、一件しか持てなかった
同じ日に、似たものをもう一つ見つけた。作りかけの回の記録を一件しか持てない作りになっていて、次の回に取りかかった時点で、前の回の記録が消えていた。気づかずに放っておけば、翌朝七時に、すでに上げてある回が丸ごと作り直されていた。記録は、回の名前ごとに持つ形へ変えた。
止めたつもりが、止まっていなかった
台本を直したので、走っている作成を止めて、すぐに新しい作成を始めた。止まっていなかった。子の一つを終わらせただけで、親の繰り返しが生きていた。二つの作成が同じ場所へ同時に書き、スライドの画像を取り合って落ちた。下書きは二重に九本上がった。いまは作成中の印を置き、ほかが動いていれば始まらない。印を入れたあとで、わざと二重に起動して、本当に止まることを確かめた。止めたら、止まったことを確かめる。
押す場所を、一枚の画面に集めた
承認、作り直し、いますぐ公開、列から外す。手で決めることは、手元で開く一枚の画面に集めた。次にその回が出る日時は、曜日を画面に書き込まず、実際に登録してある予定から計算して出す。書いた文言と実物がずれるからだ。動画や検査の結果が台本より古ければ、赤く出る。気づいたことをその場で登録する欄も置いた。私が見て分かることは、機械には分からない。
この画面は、常に開いているわけではない。起動しなければ何も見えない。自動で出すことと、人が見て決めることは、別に置いておく。両方を常駐させると、止め方が分からなくなる。
次の回は、台本を三つの関門に通す話を書く。