このサイトには、買い物かごも決済もない。値段を並べた商品の一覧すらない。それなのに、特定商取引法に基づく表記のページは作った。矛盾しているように見えるが、そうではない。順序として、こちらのほうが先だと判断した。
画面にかごが無いだけで、通信販売はもう始まっている
この店は、以前から遠方の客に商品を送っている。電話で注文を受け、あるいは書面や電子メールで注文を受け、代金を振込か代金引換で受け取って、宅配便で発送する。画面上に買い物かごが無いというだけで、やっていることは通信販売そのものだ。ならば、店の側の情報を掲げておく必要がある。書いたのは、販売する者と、その責任者の名前。所在地と、電話と、電子メールの宛先。商品の代金のほかにかかる送料や手数料があること。注文の申し込みが有効な日数。入金の確認から発送までの流れ。支払いの方法。そして、返品と交換の条件だ。交換に応じるのは運送中の事故によるものに限ること。届いたらすぐ中身を確かめて、決められた日数のうちに連絡してほしいこと。客の都合による返品は送料を負担してもらうこと。ただし配送事故によるものであれば、送料は店が持つこと。どれも、店が元から口頭で伝えていた運用を、そのまま文字にしただけだ。酒を扱うので、年齢に関する一文も、別の枠を立てて置いた。
かごを付けないことが、この店では正しい
売り場を作らなかったのは、技術的に難しいからではない。作れば、店が毎日抱えるものが三つ増えるからだ。在庫の数を合わせ続けること。価格を最新に保ち続けること。そして、決済にまつわる問い合わせに答え続けること。この三つは、作った日から店の日課になる。週に二日の定休があり、限られた人数で回している店に、それを渡すのは無責任だと考えた。かごの無い画面は機能が足りないのではなく、店が回せる範囲に合わせてある、というだけのことだ。だから注文の動線は、電話、来店、それに使い慣れた交流サイトの三本に絞った。画面のどこにいても電話の札が見えるようにしたのは、その判断の裏返しになる。将来、店の側の体力が付いて、売り場を持ちたくなったときのために、法定の表記だけは先に立ててある。あとは仕組みを足せばいい。
借りているものを、二つまでに減らす
作りの面でもう一つ決めていたのが、外に頼るものをできるだけ減らすことだった。最終的に残った外部への依存は二つだけになった。見出しに使う明朝体を配信元から読み込んでいること。店舗案内のページに地図を埋め込んでいること。それ以外は、文書の記述と、書式の定義が一枚あるだけで完結している。動きを付ける記述は、携帯電話の画面でメニューを開閉するための、ほんの一行しか入っていない。集計の道具も、外部の部品も、一つも入れなかった。理由は速さもあるが、それ以上に、依存が少ないほど置き場所を選ばないからだ。
公開先が決まっていない案件では、身軽さが効く
この案件は、作った時点でまだ公開先が決まっていなかった。今のサイトをどこで動かしているかを引き継ぐのか、別のところへ移すのか、それは店の側の判断を待つ話だった。普通、公開先が決まっていない状態で中身を作るのは気持ちが悪い。置く場所によって、使える仕組みが変わるからだ。だがこのサイトは、文書と書式だけでできている。動かすための土台を何も要求しない。だから、どこに置いても、そのまま開く。安い置き場でも、既存の置き場でも、後から選び直せる。決めなくていいことは決めない、というのは、こういう場面で効いてくる。
かごを持たない店のサイトは、機能表で数えれば貧弱に見える。だが、この店が毎日回せる形で、法律の求めるものを満たし、どこにでも置けて、写真が届けば差し替えられる。数えられない部分のほうが、この案件では大事だった。