素材からAIに項目を起こさせる機能は、短い音声や小さな画像では、気持ちよく動いた。提出すると、すぐに欄が埋まる。うまくいった、と思った。
ところが、長めの録音や、高画質の動画を添えた相談で、急に失敗しはじめた。同じ処理のはずなのに、あるものは通り、あるものは通らない。境目は、どうやらファイルの大きさにあった。
小さいと通り、大きいと落ちる
失敗する素材を並べてみると、共通点が見えた。どれも、そこそこ大きい。
AIにファイルを渡すやり方には、限りがあった。データを、そのまま処理の中に詰め込んで送る。この送り方は、手軽で速い。小さいファイルなら、何の問題もない。けれど、ある大きさを超えると、詰め込みきれずに、はじかれる。
短い音声で動いていたから、やり方そのものは正しいと思い込んでいた。実際は、小さいうちだけ、たまたま成り立っていた。大きさという境目を、見落としていた。
大きいものは、渡し方を変える
直したのは、ファイルの大きさで、渡し方を切り替えることだった。
小さいファイルは、これまで通り、処理の中に詰め込んで送る。手軽なやり方の利点を、そのまま生かす。ある大きさを超えたら、いったんファイルを預け先に置いてから、その置き場所を教える形に切り替える。大きいものは、抱えて運ばず、置いてから案内する。
一つのやり方で全部をまかなおうとせず、大きさに応じて二つを使い分ける。小さいものには手軽さを、大きいものには確実さを。境目を一つ決めて、その前後で振る舞いを変えた。
境目は、試すまで見えない
この件で、あらためて思った。仕組みの境目は、たいてい、試すまで見えない。
短い音声で動いたとき、私は「動いた」と判断した。でも、それは境目の内側だけを試していた。外側、つまり大きいファイルを試して初めて、限界が姿を現した。うまくいった一例は、全部がうまくいく証拠にはならない。
だから今は、動いたときこそ、端を試すようにしている。いちばん大きいもの、いちばん長いもの、いちばん多いもの。真ん中で動くのは当たり前で、壊れるのはいつも端だ。端を先に触っておけば、本番で不意を突かれずに済む。
手軽さの限界を、知っておく
もう一つの学びは、手軽なやり方には、たいてい静かな限界がある、ということだ。
詰め込んで送るやり方は、楽だった。だからつい、それで全部を通したくなる。けれど、楽なやり方ほど、どこかに「ここまで」という線が引かれている。その線を知らずに使うと、ふだんは快適で、ある日とつぜん落ちる。
道具の手軽さに乗るときは、同時に、その手軽さがどこで切れるかも確かめておく。切れ目の手前では存分に頼り、切れ目の先では別の道を用意する。この一手間が、あとで自分を助ける。相談履歴の仕組みは、こうして、大きな素材も飲み込めるようになった。