ある支援機関から相談を受けた。担当者が、地域の事業者を回り、経営やデジタル化の相談に乗る。その記録が、長年にわたって溜まっている。日付、事業者、相談の内容、使った道具、解決したかどうか。膨大な現場の知恵だ。
ところが、その記録が、ほとんど活かせていない。あるはずの事例が、必要なときに出てこない。「前に似た相談を受けた気がするが、どれだったか」。探せないうちに、また一から考える。溜めることと、使えることは、別だった。
記録は、時間順にしか並んでいなかった
見せてもらうと、記録はきれいに残っていた。ただ、並びが時間順だけだった。
新しい相談が下に足されていく。それ自体は自然だ。けれど、いざ使うとき、人は時間順では探さない。「この業種で」「こういう課題で」「あの道具を入れた事例を」というふうに、条件から探す。時間順の記録に、条件からたどり着く道がなかった。
記録が無いのではない。記録へ入る扉が、一つしかなかった。それも、いちばん使わない扉だった。
条件から、たどれるようにする
作ったのは、条件から記録を引く仕組みだった。
担当した地区、業種、デジタル化がどの段階か、どんな業務の相談か、解決の度合い。こうした条件で絞り込める。さらに、相談の内容や使った道具の言葉でも探せる。頭にある手がかりが、どれであっても、そこから記録にたどり着ける。
時間順という一本の扉に、いくつもの扉を足したようなものだ。探し方は、探す人の頭の中にある。その頭に合わせて、入口を用意する。逆引き、と呼んだのは、そういう意味だった。
段階を、共通のものさしにする
条件のなかで、特に効いたのが、デジタル化の段階だった。
まったくの手作業から、部分的にデジタル、業務ごとにクラウド、業務どうしがつながる、データを経営に活かす、という具合に、段階をいくつかに区切った。相談ごとに、その事業者がいま何段めかを記録する。すると、「この段階の事業者に、次の一手として何を勧めたか」という探し方ができる。
段階という共通のものさしがあると、ばらばらの事例が、並べて比べられる。担当者が違っても、地区が違っても、同じものさしの上に乗る。個人の記憶に閉じていた勘どころが、組織で共有できる形になった。
探せない記録は、無いのと同じ
この仕事で、はっきりした考えがある。探せない記録は、無いのと同じだ。
どれだけ丁寧に書いても、必要なときに引き出せなければ、その記録は使われない。使われない記録は、書いた労力ごと、眠ったままになる。記録の価値は、書いた量ではなく、引き出せる道の多さで決まる。
だから、記録の仕組みを作るときは、溜め方より、引き方から考えるようになった。誰が、どんな手がかりで、それを探すのか。そこを先に決めれば、溜め方は自然に決まる。次の回は、その記録を書く手間そのものを、AIにどう肩代わりさせたかを書く。