ある食品の卸に、社内で使うシステムを作ることになった。注文は、いまも電話で来る。年末になると、朝から鳴りっぱなしになるという。受けた注文を紙に書き、あとでまとめ直し、出荷の指示に回す。この流れが、繁忙期に人を疲れさせていた。
最初の試作は、受けた注文を担当者がマイクに読み上げ、それをAIが聞き取る形にした。動きはした。けれど、見せたら顔が曇った。「読み上げるのが、手作業ですよね」。その一言で、作り直しを決めた。
手作業が一つでも残ると、意味がない
言われて、たしかに、と思った。
読み上げるのも手間だ。しかも、電話を受けながら、もう一度声に出す。二度手間ですらある。自動化のつもりが、新しい作業を一つ足していた。使う人にとっては、それは自動化ではない。
そこで、条件を一つに絞り直した。毎回の手作業を、ゼロにする。人が録音ボタンを押すのも、ファイルを入れるのも、なし。電話の使い方は、今まで通り。何も変えない。この一線を守れないなら、作る意味がない、と腹をくくった。
電話の使い方は、変えない
現場の電話は、昔ながらの固定電話だった。録音の機能もない。ここを新しい電話に入れ替える、という話にはしたくなかった。使い慣れた道具を変えるのは、それ自体が現場の負担になる。
考えた末に、足すものを一つだけにした。受話器に挟む、通話を録音する小さな装置だ。電話のかけ方も受け方も、これまでと一つも変わらない。ただ、通話が自動で録音され、決めた置き場に、勝手に溜まっていく。人は、いつも通り電話に出るだけでいい。
新しく覚えることを、ゼロにする。それが、現場に受け入れてもらう最低条件だと考えた。
溜まった録音を、システムが拾いにいく
置き場に録音が溜まると、あとはシステムの仕事だ。
常に見張っている処理が、新しい録音に気づく。まず、話された言葉を文字にする。次に、その文字から注文の中身を読み取る。品名、数量、いつ届けるか、どの取引先か。読み取った内容を、注文の下書きとして、自動で作る。ここまで、人は一切触れない。
電話が鳴って、出て、話して、切る。人がするのは、それだけ。切ったあとのことは、全部、裏で進む。読み上げも、入力も、転記も、どこにも残っていない。
自動化は、境目をなくすこと
作り直して分かったのは、自動化の本当の相手は、作業そのものではなく、作業と作業の「境目」だということだった。
電話を受ける、という仕事と、注文を記録する、という仕事。この二つの間に、人が手で渡す一段があると、そこが必ず手作業として残る。最初の試作は、まさにその境目に、読み上げという橋を架けていた。橋を架けるのではなく、境目そのものを消す。録音が勝手に溜まり、勝手に注文になる。人の手が渡す場面を、丸ごとなくす。
「毎回の手作業ゼロ」という条件は、きつく聞こえる。でも、その一言があったから、中途半端な自動化で満足せずに済んだ。次の回は、その録音から注文を読み取るとき、AIに何を教えたかを書く。