第2部を通してやってきたことを、最後に一つの問いにまとめておきたい。
商品を作るとき、私たちはつい「これは売れるか」を真ん中に置く。私もずっとそうだった。けれど一人で事業を回すと決めた時点で、本当に真ん中に置くべき問いは、別にあった。
それは「無人で安全に回せるか」だ。
「売れるか」だけだと、また崖に向かう
売れるかどうかだけで設計すると、どうなるか。
売るための機能は増える。説明はうまくなる。入口は広がる。けれど、売れたあとに人が出ていく構造は、そのまま残る。第1部の終わりで私が立っていた、あの崖と同じ場所にまた向かう。
「売れるか」と「無人で回せるか」は、別の問いだ。前者だけを見ていると、後者がいつも後回しになる。だから順番を変えた。何か新しいことをやろうとするたびに、まず「これは人が出ずに回るか」を先に問う。回らないなら、回る形に直してから出す。
二つの物差しで、機能を見る
具体的には、機能を二つの物差しで見るようにした。
一つは、これまでどおりの「価値があるか」。お客様の役に立つか、お金を払う理由になるか。
もう一つが、新しく加えた「無人で安全に提供できるか」。人がいなくても判断が回るか。危ないものは止まるか。失敗したときに、傷が浅く済むか。
価値があっても、無人で安全に回せないものは、主線に乗せない。どうしても出したいなら、人が出る前提の特別なメニューとして、別に置く。主線に乗るのは、二つの物差しを両方こえたものだけにした。
自分の時間を、指標にした
一人で回す事業には、ちょうどいい指標があった。自分の時間だ。
契約が増えたとき、私の稼働がどれだけ増えるか。それを時々、第1部のあの夜のように測り直す。比例に近いままなら、まだ判断が私に残っている。契約が増えても私の時間があまり増えないなら、判断が製品に乗ってきている。
売上やアクセス数も見るが、いちばん信用しているのはこの「自分の時間の増え方」だ。これは、無人化がどれだけ進んだかを、いちばん正直に映す。派手ではないが、一人でやる以上、ここを見失うとまた崖に向かう。
余白を、わざと残す
無人化を進めるほど、逆に一つ意識したことがある。自分の余白を、わざと残しておくことだ。
すべてを目いっぱい自動で回し、上限ぎりぎりまで契約を受けると、例外が起きたときに対応する手がなくなる。無人で回す設計は、例外のときに人が出られる余白があって、はじめて安全に成り立つ。だから、受けられるだけ受けるのではなく、例外に出ていける分の時間を、最初から空けておく。
容量を設計する、というのはそういうことだった。機械の処理能力の話ではなく、一人の人間が、例外にいつでも出ていける状態を保てるかどうか、という話だ。
第2部で、私がやったこと
ふり返ると、第2部でやったことは、こう並ぶ。
作業ではなく判断を自動化する。レビューを標準ではなく例外にする。無料相談を主線から外す。そして、すべての機能を「無人で安全に回せるか」で見直す。
どれも、コードを足す話というより、自分の判断と習慣を、製品の側に渡していく話だった。順調に崖へ向かっていた設計を、ここでようやく、別の方向に向け直せた。
次の部へ
ただ、方針を決めただけでは、まだ事業は回らない。
人が出ない入口を主線に据えると決めたなら、その入口を実際に作らないといけない。診断から購入、利用開始までを、人が一度も触らずに通す。そして「売れるか」だけでなく「この相手に、無人で安全に提供していいか」を、入口で見分ける。
次の第3部は、その「無人ファネルと適合判定」の話だ。理想として描いた無人化を、どうやって動く仕組みに落としたのか。その実装の記録を書いていく。