開発は、傍から見れば順調だった。
無料診断は動いていた。三分で「あなたの会社の業務は、AIや自動化に向いているか」をざっくり返す入口をつくり、その先に詳細診断を置いた。業務量や所要時間を入れてもらえば、現在の工数、効果の見込み、最初に試すべき一件、検証のやり方まで出る。さらにその先には、稟議に使える有料の設計書を生成する仕組みまで組んだ。
診断士として十数年やってきた「最初の一歩をどう設計するか」という判断が、かなりの部分まで自動で出るようになっていた。正直、手応えがあった。これは売れる、と思った。
それなのに、ある晩、電卓を叩いていて手が止まった。
売れたあとのことを、計算していなかった
私が見ていたのは「診断から設計書まで」だった。けれどビジネスは、設計書を売って終わりではない。契約があり、提案があり、初期の実装があり、月次の改善がある。
そこを一つずつ書き出してみた。面談。提案書の調整。初期セットアップ。毎月の振り返り。どれも、私がやっていた。自動化していたのは入口だけで、その先はまるごと私の時間に乗っていた。
紙に簡単な式を書いた。契約が一件増えるたびに、私の稼働が何時間増えるか。答えは、きれいな比例だった。契約数に正比例して、私の時間が増えていく。十件なら十件分、三十件なら三十件分。
私は一人だ。人を増やさない前提で始めた事業だった。この式のままだと、売れれば売れるほど自分が詰む。しかも「うまくいっているとき」ほど早く上限に着く。順調だと思っていたものは、順調に崖へ向かっていた。
自動化していたのは「作業」だった
何が起きているのか、しばらく考えてようやく言葉になった。
私は「作業」を自動化していた。文章を書く、計算する、整える、そういう手を動かす部分だ。けれど事業に残っていた重いものは、作業ではなかった。判断だった。
この案件は受けていいのか。この出力は、お客様に出せる品質か。次に何を提案するか。いくらで、どの範囲まで提供するか。こういう判断を、私は一件ずつ自分の頭でやっていた。AIに下書きをさせても、最後に「これでいい」と決めるのは私だった。だから契約が増えるほど、私の判断回数が増えた。時間が比例して増えたのは、当たり前だった。
ツールを増やしても、この式は変わらない。速く書けるようになっただけで、決める回数は減らないからだ。
作り直す方針を、三つ決めた
ここで設計の方針を、根っこから引き直すことにした。自動化の対象を「作業」から「判断」へ広げる。私の頭の中にあった判断基準を、できるだけ製品の側に移す。これが、自動化再設計の出発点になった。
やることを、大きく三つに絞った。
一つ。販売条件、受注の可否、品質の合否、次の提案までをルールにして、人が決めなくても進む商品にする。判断そのものを自動化する。
二つ。品質チェックを「毎回人が見る」工程にしない。危ないものだけが私の机に上がるように、人が出ていく条件を先に決めておく。レビューを標準ではなく例外にする。
三つ。長く自分の看板だった無料相談を、主線から外す。一件ごとに私が出ていく入口を、まず塞ぐ。
どれも、これまでの自分のやり方を否定する決断だった。とくに三つ目は、診断士としての習慣そのものを変えることになる。
一人でやるなら、ここが分かれ目だった
ふり返ると、この夜の電卓が分かれ目だった。
コードを書くことが自動化なのではない。自分が判断しなくても、事業が前に進む状態を設計することが、自動化だ。作業を速くするだけならツールでもできる。けれど一人で事業を回そうとすると、本当に効くのは「自分の判断を、どれだけ製品の側に移せるか」だった。
判断が製品に乗った分だけ、私は比例の式から自由になれる。逆に言えば、乗せられなかった判断の数が、そのまま私の上限になる。
次の回から、この三つを実際の仕組みに落としていく。まずは一つ目、頭の中にあった判断を、どうやって製品の側に移したのか。その話から書いていく。