「このゲームはDX投資すれば必ず勝てるんですよね」という言葉を、研修の依頼を検討している企業の担当者から聞いた。この問いに答えることが、ゲームデザインの哲学を伝える機会になった。
「必ず勝てる戦略」は研修を壊す
もし「DXに全振りすれば必ず勝てる」なら、ゲームは答えを知っているパズルになる。答えを知っているパズルには学びがない。「答えはDXです。以上」で終わってしまう。ゲームが研修として機能するのは、「自分で考えて、判断して、結果を受け取る」プロセスがあるからだ。
DX全振りでも破産率25%の理由
140ゲームのシミュレーションで確認した。dx_extreme戦略は1位率63%だが、破産率が25%ある。DX変革が成功しなかったターンでは、過剰な投資が資金を削り続ける。「いつDX変革が成功するか」はランダム要素があり、成功が遅れるほど資金が厳しくなる。「DXへの過剰投資で資金ショートした企業」は現実に存在する。
「状況に応じた判断」がゲームのテーマ
ゲームに「正解」はない。コースの長さ、他参加者の戦略、イベントの運——これらに応じて最適な判断は変わる。研修として伝えたいことは「DXが重要だ」という結論ではなく、「経営判断は状況次第で変わる、だから思考停止してはいけない」というプロセスだ。ゲームに唯一の正解がないことが、考え続ける理由になる。
「1つに絞る」という研修設計の覚悟
「勝てる戦略が1つ」というのは、半分正しく、半分は誤解を招く表現だ。正確には「最も勝率が高い戦略は存在するが、それを実行すれば必ず勝てるわけではない」だ。
研修設計として「1つの方向性(DX投資)を軸に置く」と決めた判断は、明確な理由があった。
研修時間は限られている。3時間、長くても1日だ。この時間の中で「何でも使える正解の戦略」は「何も教えない」のと同じだ。参加者が7ターン迷い続けて、最後に「どれが正解か分かりませんでした」で終わると、研修としての価値が薄れる。
一方で「DX投資すれば確実に勝てる」も研修を壊す。ゲームの最初に正解が分かれば、残りは「その正解を実行するだけ」の作業になる。考えることを止める。
「DX投資が最も有効な戦略として設計されているが、失敗するリスクもある。いつ・いくら・どの順番で投資するかの判断が問われる」——この設計にした理由は、「DXが重要」という結論を与えるのではなく、「DXをどう実行するか」を考え続けさせるためだ。
具体的な設計上の判断を一つ紹介する。DX変革の成功確率は「蓄積値が閾値を超えたターンに一定確率で成功」という設計だ。確率要素が入っているため、十分な投資をしていても「たまたま今ターンは成功しない」ことがある。この不確実性が「DXへの投資だけでなく、他の経営指標も保つ必要性」を生む。「一発逆転の戦略はない、継続的な経営判断の積み重ねが結果を作る」——この経営の本質を体感させるために、戦略の「1強」を意図的に避けた。
*次回は「本番障害が起きた朝:SIGTERM事件」*
「正解を与えない」という研修設計の判断
研修設計で最も議論したのは「参加者に正解を伝えるかどうか」だった。
「DX投資が重要だ」というメッセージを伝える研修を依頼されたとき、「ゲームでDX投資が最も有効な戦略として設計する」のは当然に思える。しかし「DXに投資すれば必ず勝てる」という体験を作ることは意図的に避けた。
理由は「研修後の自走力」にある。「DXが正解」と教えられた参加者は、「では何をどれだけ投資すればよいか」という次の問いに自分で答える力を持ちにくい。「DX投資にもリスクがあり、タイミングと規模の判断が必要だ」という体験を持った参加者は、「自分の会社にとって最適なDX投資はいくらで、いつ始めるか」という問いに向き合いやすくなる。
DX全振りで成功したゲームと失敗したゲームの違いは「DX変革がいつ成功したか」だ。早期成功なら豊かな資金が残る。後期成功なら投資コストが重く、勝てても利益が薄い。この「タイミングの違いが結果を変える」という体験が「DXを早く始めるべき理由」を、言葉ではなく経験として届ける。
140ゲームのシミュレーションで確認したように、dx_extreme戦略は1位率63%だが破産率も25%ある。「最も勝ちやすいが失敗のリスクもある」というバランスが、ゲームを「考え続けるもの」にしている。研修で「正解を与えない」とは「あなた自身が判断者だ」というメッセージだ。
ゲームと実際の研修場面での「唯一の正解」の違い
研修設計として「1つの戦略方向を示す」ことは、実際の研修場面では異なる表れ方をする。
参加者がDX全振りで成功した後「結局DXが一番いいじゃないですか」と言う場面がある。このとき私は「今回はそうでした。でも2回やったら同じ結果になりますか」と問い返す。DX変革の成功タイミングには確率要素がある。「今回たまたまうまくいった」という体験と「毎回うまくいく戦略がある」という認識の違いを問うことで、参加者が「再現性のある判断」について考え始める。
ゲームの「1強」を意図的に避けた設計は、この「もし次にやったら」という問いを生み出す。
*シンプルシステム株式会社 代表 伊藤勝彦*