コードを書くより、ルールを決める方が難しかった。「現金がいくらになったら破産か」「DX投資の上限はいくらか」「市場需要は何個か」——これらは数字に見えて、本質は「どんな学びを生み出すか」という教育設計の問題だ。このプロセスで、3つのルールを大幅に変更した。
破産条件を3回変えた
最初の破産条件は「現金がマイナス150万円以下、または自己資本がマイナス50万円以下」だった。
問題が2つあった。1つ目、マイナス150万円という条件は「150万円まで使いきっても大丈夫」という感覚を生む。現実の経営では、現金が少しでもマイナスになった時点で資金ショートだ。2つ目、自己資本条件は財務知識がないと直感できない。
最終的に「現金がマイナスになった瞬間に破産」というシンプルなルールに落ち着いた。説明なしに理解できて、研修の学びとしても正しい。
需要の設定が肝だった
「市場に何個の需要があるか」は、ゲームのテンポを決める重要なパラメータだ。最終的に「参加企業数に関係なく、1社あたり平均30個/ターン」という設定に落ち着いた。何十回もシミュレーションを走らせて探り当てた数字だ。
イベントの「強さ」の調整
初期のイベント設定ではインパクトが弱すぎた。「景気回復で需要が1.2倍」は、4社ゲームでは数個の差にしかならない。最終的に「景気回復×1.50、景気減速×0.65」という設定を採用した。準備した企業が報われる設計だ。
ルール設計は「何を学ばせたいか」の連続
3日間、ゲームのルール設定とにらめっこした。AIに「このルールで140ゲームシミュレーションしたとき、どんな結果になるか」を問い続けた。数字が返ってくるたびに、「これは研修として正しい体験を生み出すか」を考えた。
ルール設計は技術の仕事ではなく、教育設計の仕事だ。数字は全てAIと一緒に検証した。でも「これが正しい学びか」という問いは、人間が判断した。
パラメータ調整の試行錯誤:数字が変わるたびにゲームが変わった
「どんな数字が適切か」を探る作業は、地道な試行錯誤の連続だった。記録に残っているだけで、主要パラメータの変更履歴は30回を超える。その中から特に印象的な3つを紹介する。
初期現金の設定:最初は500万円に設定した。しかし5ターンのゲームでは「使いきれない」という問題が起きた。後半ターンで「もうどうせ勝てないから、残った現金で好きに使おう」という投げやりな参加者が出た。800万円に上げると今度は「破産が起きにくい」問題が出た。700万円で落ち着いた。この数字は「慎重に使えば生き残れるが、無計画に投資すれば資金ショートする」絶妙なラインだ。
DX投資の上限額:最初は1ターンあたり上限なしだった。シミュレーションを走らせると「ターン1で全額DXに突っ込む」戦略が出た。ターン1でDX変革まで一気に進んで、あとは生産と販売に集中する。これは「学びのための意思決定の繰り返し」という設計意図と合わない。上限を150万円に設定した。毎ターンコツコツと投資する必要性が生まれた。
設備の老朽化速度:「設備投資をサボると生産能力が落ちる」というルールがある。最初のパラメータでは老朽化が速すぎた。3ターン設備投資を怠ると生産能力が半分になった。「設備に使うお金がない」参加者が早期に詰んでしまう。老朽化の速度を遅くし、かつ「老朽化が進んでいる」という警告を事前に表示する設計に変えた。
一つ確信したことがある。「正解のパラメータ」はない。研修の目的、対象者のレベル、ゲームの所要時間——これらに応じて最適値は変わる。今のパラメータは「多くの研修場面で最も学びが生まれやすい」数字として落ち着いているが、常に更新の余地がある。
*次回は「市場シェアを『二乗』で配分するようになった経緯」*
没になった「借入上限500万円」ルールの撤廃
初期のルールでは、1ターンあたりの借入上限を500万円に設定していた。「借りすぎを防ぐための制約」として入れたものだ。しかし撤廃した。
理由は3つある。1つ目、500万円という数字に根拠がなかった。「大きすぎて困らない、小さすぎて詰まらない」絶妙な値を探したが、初期現金700万円・ゲーム7ターンという条件では、500万円という上限は「あってもなくても変わらない」中途半端な数字だった。
2つ目、「緊急融資」機能を追加したことで上限制約の意味が薄れた。緊急融資はファシリテーターが任意の金額を投入できる。制約を設けてもファシリテーターが上書きできるなら、制約の教育効果が不明確になる。
3つ目、「何でも借りられる代わりに、借りすぎれば破産する」というシンプルなルールの方が、参加者の判断に委ねられる領域が広い。借入上限という外部制約より、「キャッシュフローを読んで自分で判断する」という内部制約の方が研修として正しかった。
市場需要の設定も、何十回もの試行錯誤を経た。最初は「1社あたり平均50個/ターン」で試したが、4社全員が50個生産しようとすると原材料仕入れコストが重くなりすぎた。30個に下げると「在庫が余りにくく、保管費リスクが薄まる」問題が出た。「30個」という数字は、リスクを取って生産量を増やす判断と、慎重に在庫を抑える判断の両方が意味を持つ絶妙な水準として落ち着いた。
*シンプルシステム株式会社 代表 伊藤勝彦*