七月の頭、デザインを大きく作り替えた版を見せた日のことだ。世界的に有名なギャラリーのサイトを手本に、余白をたっぷり取り、色をほとんど消した、真っ白でミニマルな画面。我ながら垢抜けたと思っていた。返ってきた言葉は短かった。冷たい、いまいち。その日のうちに撤回した。
正直に言えば、少し得意になっていた。だからこそ、その一言はよく効いた。作り手が良いと思うものと、店に合うものは、別だと突きつけられた気がした。
最初は、二色のテーマだった
もともとは、色彩の店らしく、藤色とセージグリーンの二色を主役にした配色で組んでいた。色を扱う店主のサイトだから、色で語ろうという狙いだった。悪くはない。ただ、面いっぱいに色を塗った画面はどこか土産物風で、アートを売る場の凛とした空気が足りない気もしていた。その迷いが、次の一手を極端な方向へ振らせた。足りないものを補おうとして、逆の端まで走ってしまったのだ。
白い箱に、寄せすぎた
手本にしたのは、名だたる現代アートのギャラリーのサイトだった。白い壁の展示室のように装飾を消し、作品だけを浮かび上がらせる。理屈は正しい。だが、できあがった画面は、観光地の小さな店の体温まで消してしまっていた。一流の画廊の静けさは、どこか、一見の客を選ぶ静けさでもある。この店に来るのは、旅の途中でふらりと入ってくる人たちだ。敷居の高さは、この店には似合わない。冷たい、という一言は、その食い違いを正確に言い当てていた。手本が立派すぎて、宛先を見失っていたのだ。
参考を、選び直す
撤回のあと、海外のアート販売サイトを見直すところからやり直した。今度は権威あるギャラリーではなく、手の届く価格の作品を気軽に買えるような、販売が主役のサイトを選んで研究した。共通していたのは温かさだ。クリーム色の地に、額装した作品を壁へ掛けたように見せ、店の写真を大きく使い、価格と購入ボタンを隠さない。見せることと売ることが、無理なく同居していた。憧れの対象ではなく、目指す立ち位置が近いお手本。探すべきはそちらだった。
白基調に、二色の差し色
その路線で作り直し、最後にもう一段の調整が入った。地色は温かみのあるクリームから、ほぼ白へ。最初の藤色とセージグリーンは、面で塗るのをやめて、罫線や見出しの飾りなど、差し色に限って使う。白を基調に、二色をほんの少しだけ効かせる。色を売る店だからこそ、色は主張しすぎない方がいい。回り道の末の着地は、意外なほど普通で、そして店によく似合っていた。
教訓ははっきりしている。立派な参考ほど、正しいとは限らない。選ぶべきは、憧れる相手ではなく、店の性格に合う相手だ。手本のまぶしさに、目を眩まされないこと。それを、痛い一言で学んだ。
次の回は、店主が自分の手でサイトを更新できるようにした、管理画面の話を書く。