最初に考えていたゲームのテーマは、製造業ではなかった。
飲食店経営のシミュレーションだった。「メニューを決めて、食材を仕入れて、売上を競う」——直感的でわかりやすい。参加者がイメージしやすい。そう思っていた。
でも、途中で考えが変わった。
「何を学ばせたいか」から逆算する
ゲームを設計するとき、「どんなゲームにするか」より先に「参加者に何を体感させたいか」を決める必要がある。
私が最終的に伝えたかったことは3つだ。
1つ目、DX投資には正しい順番がある。
IT基盤を整えずに変革を進めても効果が出ない。データを収集する仕組みがなければ、AIを導入しても動かない。「やみくもにDXを推進する」ことの危うさを、体験を通して理解してほしかった。
2つ目、経営は「キャッシュ」で考えなければならない。
利益が出ていても、現金が尽きたら会社は終わる。これはどんな業種でも同じだが、多くのビジネスパーソンは「利益」と「現金」を混同している。ゲームの中で破産を体験することで、この違いが骨身に沁みる。
3つ目、競争の中でDXの効果は劇的に現れる。
一社だけでDXを進めていては、その効果が実感しにくい。競合他社との比較があってはじめて、「DXに成功した企業がどれだけ有利になるか」がリアルに見える。
この3つを同時に体感できる業種として、製造業を選んだ。
製造業が研修に適している理由
飲食店では「在庫を持つリスク」「生産能力の制約」「設備投資の意思決定」を同時に扱いにくい。製造業なら、これらがすべて自然に絡み合う。
原材料を仕入れ、製品を生産し、市場で売る。
この基本的な流れに、以下の要素が加わる。
- 仕入れすぎると在庫コストがかさむ
- 生産能力には上限がある(従業員数 × 45単位)
- 設備投資をサボると生産能力が落ちる
- 価格を下げればシェアは取れるが利益率が悪化する
- DXに投資すれば競争力が上がるが、短期的には資金が削られる
このトレードオフの連続が、経営の本質を映し出す。
「製造業の社長」という設定の強さ
参加者に対して「あなたは製造業の会社の社長です」と言ったとき、不思議なことが起きる。
普段は「自分は数字が苦手だ」と言っている人でも、社長という立場になった瞬間、真剣に数字を見始める。借入をすべきか、設備に投資すべきか、DXに資金を回すべきか——自分ごととして考え始める。
「ゲームだから気楽に」という態度は、数ターンで消える。競合他社に差をつけられた瞬間、焦りが生まれる。DX変革に成功した他社が一気にシェアを奪い始めた瞬間、「もっと早く投資すべきだった」という悔しさが生まれる。
この感情的な体験こそが、研修の核心だ。
知識として「DXが重要だ」と理解することと、ゲームの中で「DXに出遅れた結果、市場を失った」という体験は、まったく別の学びを生む。
テーマ選びはゲームデザインの半分
振り返ると、「製造業の社長」というテーマ選択は、このゲームの成否を決める最も重要な判断だったかもしれない。
技術的な実装は、AIとの対話で速く作れる。ゲームバランスは、シミュレーションで調整できる。
しかし「何を体感させるか」という設計思想は、人間が考えなければならない。ここだけはAIに任せられない。
「なぜこのゲームを作るのか」。その問いに答えを持っていたから、数週間で形になったのだと思う。
他業種との比較検討で見えたこと
最終的に製造業を選ぶまでに、4つの業種候補を検討した。その過程を記録しておく。
飲食店経営:最初の候補だった。「メニューを決めて、食材を仕入れて、売上を競う」という直感的な構造は魅力的だ。しかし問題があった。飲食店の経営では「設備投資の意思決定」が自然に生まれにくい。調理機器の更新は年単位のサイクルで起き、1ターン=1週間というゲームの時間軸と噛み合わない。DX変革の文脈も「モバイルオーダーの導入」程度になり、競争優位の劇的な変化を表現しにくかった。
小売業:「仕入れて売る」という構造はシンプルで分かりやすい。しかし製造という付加価値創造のプロセスがない。「生産能力の制約」「製造原価の管理」といった、製造業特有のトレードオフが生まれない。DX変革の効果が「在庫管理の改善」にとどまり、競争力の劇的な変化を演出しにくかった。
IT企業:参加者がイメージしやすい業種だ。しかし逆に「自分の会社と比べてしまう」という問題が起きた。「うちはこうじゃない」という違和感が、ゲームへの没入を妨げる。研修では「日常の延長」から少し離れた設定の方が、新しい視点を生みやすい。
建設業:公共工事と民間工事の受注バランス、長期プロジェクトの管理という特性は面白い。しかし「ターンごとに判断して競争する」という構造が自然に作りにくかった。
製造業を選んだ決め手は「教育効果の密度」だ。価格設定・生産量・設備投資・DX投資・採用——これら全ての意思決定が毎ターン意味を持ち、互いにトレードオフの関係を持つ業種は製造業だった。
*次回は「AIとデータベース設計を1日でやった話」——技術的な中核部分の設計プロセスを書く。*
*シンプルシステム株式会社 代表 伊藤勝彦*